2008年12月19日金曜日

現代小説『神社と妖狐』

 目の前の空間には何もない……。
 場所はごく普通の住宅街である。俺の生まれ育った町で、いわゆる田舎ではある。今回どうしてここに戻ってきたのかは、自分でも分からない。
 が、最寄り駅から15分ほど歩き、とある神社を抜けたその先に俺はやってきた。そこには、不自然に何もない空間があるのである。
 いや、不自然だというのも正しくはない。いってしまえば、ただ単に空き地になっているだけである。ただ、誰も手入れをしていないにも関わらず全く雑草が生えていないことが、不自然だといえば不自然ではある。
 元々ここは、俺の家があった場所だ。あの5年前から、ここはそのまま空き地として放置されている。
 あの事件以来、結果的にであるが、ここはある種の結界になっているようである。特に誰にも意識されることもなく、ひっそりとしている。
「久し振りにきてみたけど、やっぱり何もないままだな」
 つい独り言をいってしまったが、周囲に誰かいるわけでもない。
 ふと気配を感じて先ほど通り抜けてきた神社振り返ってみる。が、特に何もいない。
 気のせいか……?
 違う。何かいる。
 そう感じ少し探らせてみると、一匹の狐がいるようだ。もちろんこんな住宅街に野生の狐がいるわけがない。いわゆる妖弧の類だろう。もしかしたら、この神社の狐かもしれない。が、尻尾の数も多いわけでもないし、まだまだ未熟みたいではある。
 しかし、俺自身はそうこういう感度がいいわけではない。そのため、その存在をはっきりと分かるわけではない。
 なんてことを考えていると、少しだけ抗議の意志が伝わってくる。これは、神社にいる狐ではなく、普段から俺に付いている狐からだ。自己主張をしたいらしい。俺が分からないことが、嫌なのだろう。
 ふむ。しかし相変わらず、意志が伝わってくるだけで言葉として感じるわけではないな。感度がいい奴だと言葉まではっきりと分かるというが、俺はそこまででもない。
 もっとも、それでも充分力を引き出すことはできる。俺が性別を変える際には、こいつの力を使っているくらいだ。
 それに、俺が小さい頃からの付き合いだ。いってしまえば幼馴染みのような物である。今でも、こうやってある程度の意思の疎通もできる。もっとも子供の頃の方が、よりはっきりその存在が分かったということも事実ではあるが。
 それはともかく、神社の狐は俺に付いている狐に用があるようだ。そういえば、こいつは以前この神社にいたな。だとすれば、前任者に対する挨拶のような物か。
 俺の狐も世話を焼くのが得意だし、狐のことは狐に任せた方がいいだろう。
 そういう意志を伝えると、俺の狐は神社の狐の方に向かっていった。まぁ後は、狐同士放っておいても大丈夫だろう。
 そう判断し、俺は目の前の空間、元は俺の家があった空き地に意識を向ける。
 しかし、見事に何もないな。
 ここが空き地になった時のことを思い出す。あのときは、帰ってきたらいきなり空き地になっていたんだよな。驚いたよ。
 そのときはまさしく途方に暮れたが、周囲の助けもあり何とか生活ができた。そのことには感謝したい。もっとも、助けてくれた存在の多くが人間以外だというのが、我ながらどうなのかという気持ちもあるにはあるが。
 もっとも家がなくなった原因も、そういう存在による物ではある。急に空き地になっていることに近所の人間が、誰も気が付かなかったのもそのためだろう。
 また、家がなくなったのも特に悪気があってのことでもなく、まだ若かったせいで力の制御が巧くいかなかったかららしい。まぁ不幸中の幸いというべきか、被害は俺の家だけだったし、そのお詫びも含めて色々と支援をしてくれたようだ。
 その支援の最大の物が、あいつと会わせてくれたことだろう。金銭的な面や人間としての生活にどうしても必要な物は、あいつがいなければどうなっていたのか想像したくもない。あいつと出会うことで、俺はようやく人並みに生活できるようになったんだからな。
 などと考えているうちに、挨拶も終わったらしい。狐たちが戻ってきた。
 ん? どうして2匹ともいるんだ? 挨拶は終わったんだろ。別に俺に挨拶をする必要はないぞ。
 何? こいつも一緒に来たいって?
 おいおい、マジかよ……。お前、面倒見がいいのはいいことだけど、そうやって何匹連れてくる気だよ。お前を慕ってくる狐でもう俺の周囲は狐ばかりになっているんだぞ。もう俺には把握し切れてないけど、100匹を超えてるはずだ。そんなに面倒見切れるのか……?
 ……。
 分かった、分かったよ。お前がしっかりと面倒を見るならいい。好きにしろ。ただし一緒に来るのなら、仕事の手伝いはしてもらうからな。
 しかし、もしかして今日ここに来たのは、この狐を拾うためじゃないだろうな。
 そう思いつつ、俺の周囲にまた1匹狐が増えたのだった。

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