2008年12月12日金曜日

ファンタジー小説『交渉』

 オレ達は、またしても盗賊に囲まれていた。
 場所は、街道から少し外れた脇道。前回と似たシチュエーションである。
「今回はどうしたらいいか、分かるよね?」
 シイナの言葉にオレはうなずいた。前回は為す術がなかったが、今回は違う。今のオレには魔法があるのだ。
 それにしても、この国で盗賊と会うのはこれで2回目である。こうも盗賊に囲まれるというのは、この国の治安はどうなっているのだろうか。他人事ながら心配になってくる。
 などと、こんなことを考えることができるくらい俺は余裕がある。そんなオレの様子に、盗賊達は訝しがっているようだ。前との違いといえば、このオレが少し変わっただけなのに、こうも状況が変わることにどこかおかしみを感じる。
 さて、こうして考えていても仕方がない。華麗、とはまだまだいえないが、オレの魔法で何とかしようか。
 オレは意識を集中させると、風の魔法を練り上げる。見た目としては火の方がいいのだろうけど、未熟な今オレには自分の属性と合っている風魔法の方がいいだろう。
 そう思いつつ、意識を高めていく。
「何ブツブツ言ってやがる!」
 しまった!
 突然の声に集中を切らしてしまったオレは、物の見事に魔法の制御に失敗してしまった。とっさに暴発しないように威力を逃がすことはできたが、結果として先ほど声を上げた一人を転がす程度の風が起こっただけだった。
「君ねぇ~。こういう場面でそういうミスをする? でもまぁ、魔法を暴発させなかったことだけは評価してあげるよ」
 そうですか。それはありがとうございます。
 っと、すっかり盗賊のことを忘れていた。危ない、危ない。
 そう思って、盗賊達の方を見ると様子がおかしい。
 全員恐怖に引きずった顔でこちらを見ている。オレの魔法で転がされたヤツなんかは、まるでこの世の終わりのような顔をしている。
「あ、悪魔だ……。悪魔が出た。……殺される! 助けてくれ!!」
 そう言い残して、盗賊達は一目散に逃げていってしまった。一体どうなっているんだ?
「まぁ、普通はああなるよね。君のいた所は違ったみたいだけど、最近は魔法を使える人も減ったから、ちょっとした魔法でもああなるんだよ」
 盗賊達の様子をシイナが説明してくれる。
「だから前の時も、君のマッチみたいな火でも充分だったんだ。それなのに君は……」
 いや、本当にあの時はすみません。だから、その話題には触れないで下さい。お願いします。
「まぁ、いいけどね。でも、結局今回も失敗したわけだから、覚悟しておいてよ?」
「か、覚悟って、シイナ……」
 もしかしてシイナ、Sですか? なんてこと、オレに聞けるはずもない。
「とりあえず、毎日練習は欠かさないように。分かった?」
 それはもちろん、心得ています。大丈夫です。
 そんな会話をしつつ、しばらく歩いていると、ようやく街が見えてきた。この町はこの国の首都で、城も見える。とりあえず今回の目的地はここかな。
 などと思ったときである。オレ達はいきなり現れた大量の兵士に取り囲まれたのだった。


 オレは今、牢屋の中にいる。
 オレ達はあの後、そのまま兵士達に捕まってしまった。あの程度の兵士であれば、シイナならどうにでもできる。が、前の盗賊達とは違い、正規兵を倒してしまうのはマズいと思ったのか、シイナは何もしなかった。
 そしてそのまま、オレは牢に入れられてしまったのである。
 ちなみに、シイナはいない。捕まってすぐに引き離されてしまった。だから、状況は分からない。彼女は今、どうしているのだろう?
 それにしても、今の状況はキツい。何故かオレにはずっと監視の目が付いている。しかも二人も、だ。どうしてオレなんかに、こんなにも厳しい監視がつくんだ? 意味が分からない。
 しかもこの監視人は、オレがちょっと動くだけでも、すぐ反応する。おかげで身じろぎすら満足にできない。これは、かなりキツい。身体を全く動かせない状態がこんなにも堪えるなんて……。
 それにしても、牢屋がこんなにつらいことも初めて知った。周囲からは、低く地に響くような唸り声が聞こえてくる。においもきつい。糞尿を醗酵させておきながら、それを肥料にするでもなく凝り固めて様なにおいがする。
 しかし一番つらいのは、この牢屋独特の雰囲気だ。何もしていなくても、ここにいるだけで悪いことをしてしまったような感覚に陥ってくる。
 いや、こんな場所に長時間いたら、どんな人間でも悪人になるんじゃないだろうか。そう思わせるだけの空気がここにはある。
 そんな状況で、牢屋に入れられているのだ。オレは完全に参っていた。
 しかし、だからといって、今のオレにできることはない。
 いくら魔法が使えるといっても、目の前の二人をどうにかできるわけでもない。こんな密閉された空間では、風の魔法はほとんど効果を出せないからだ。それに、例え見張りを倒せたとしても、状況をさらに悪くするだけだと思う。なす術はない。
 とはいえ、ずっとこのままということは、いくらなんでもないと思いたい。
 などと考えているうちに、ようやく動きがあるようだ。上から人が降りてくるのが見える。
 ふぅ……。とりあえずは、全く動けないような今の状況からは抜け出せるかもな。
 ……おや? やけに偉そうな人が来ましたよ? 20歳前後と若いが、牢屋では場違いなほどの服装をしてる。
 オレを見張っていた二人もその人物に敬礼をしている。が、それでもオレから注意を逸らしていない。そんなにオレって要注意人物なのだろうか。疑問ではある。
 それはとにかく、オレはその人物に向き直る。こいつと話さないことには、事態は変わらないだろう。仕方がない。
 こんな時にシイナがいてくれれば、というふうにはあまり思わない。こういう話をするときは、いつもシイナはオレに任せる。だから、交渉ごとには慣れているつもりだ。前の時は、盗賊という普通交渉の対象にならない存在だから、失敗しただけだ。こういう場面なら問題はないはずだ。問答無用でいきなり捕まえた、という事実が心配といえば心配ではあるが。
 一応、ここまで警戒されていることを考慮して、こちらから話しかけるのは避けておく。こういう時は、相手の出方を待つ方がいいだろう。
「こいつがそうか?」
「はい。先ほど名乗り出てきた盗賊団が、間違いなくこの男が魔法を使うのを見たと。捕まってもいいから助けて欲しいと申していました」
 答えたのは、その偉そうな人物と一緒に降りてきた細身の男である。年の頃は、40歳位か。視力矯正用とかいう不思議なレンズを顔に乗せていることが、独特のシルエットを与えている。
 ここの実力者は、こいつだな。
 となると、形式はとにかくとして、実際の交渉はこのレンズ男と行うことになりそうだ。
「おい、貴様。魔法が使えるというのは本当か?」
 とはいえ、まずは最初に降りてきた偉そうな人物がオレに話しかけてくる。それに対しオレは「あぁ」とだけ返事を返す。やっぱり形だけでもこいつと話さないといけないのか……。
「何だ、貴様のその態度は!? おれを誰だと思っている?」
 そんなことをいわれても、いきなり人を捕らえるような奴に敬意を払ういわれはない。そもそも、お前なんか知らないぞ、オレは。
 そうは思っても口に出していえないあたり、我ながらヘタレだと思う。が、波風を立てないという意味では、いいのかもしれない。もっともオレの場合は顔が悪いので、あまり意味はないかもしれない。が、少しでも印象を悪くする言動は避けておきたい。
「落ち着いて下さい、ファブリス様」
 そういって偉そうな人物をなだめる細身のレンズ男。こんな奴の下で働くのも大変だろうな……。オレなら絶対に嫌だ。
 機嫌が悪そうなファブリスとかいう偉そうな男を一通りなだめたあと、そのレンズ男はオレの方を向き、
「危険な魔術師がいるということで、こうして捕まえたわけですがあなたの名前を聞かせていただけますか?」
 そう尋ねてきた。
 危険な魔術師ってオレのことか? そう感じ、少し気分が悪くなる。
「おっと、申し訳ありません。こちらから名乗るべきですね。私はこの国の特別執政官であるセルゲイ・アートソンと申します。こちらにいるのが、第二王子であるファブリス・ルヴァイル様といいます。あなたの名前は?」
 執政官と王子? そんな奴がどうしてオレなんかに?
「……ニトスだ」
 そうは思ったが、一応相手が名乗ったこともあり、こちらも名乗ることにした。相手の名乗りが本当かは分からないが、いくら何でも王子の名を語ることはないだろう。だから、素直に本名だ。
「ニトスさんですか。いい名ですね」
 セルゲイはそういって、一旦言葉を切る。
 そのため、少しではあるが、沈黙があたりを支配する。
 う~ん。実はこういう間って、苦手なんだよな……。
「どうです、ニトスさん。その力を我が国のために使ってみませんか?」
 何!? これにはオレだけでなく、周りにいる奴も驚いたようだ。怪訝な顔で、セルゲイを見ている。
 それにしても、やはり交渉の主役はこのレンズだ。先ほどの間も、今の言葉を効果的にするための布石か……。
 オレはそう判断して、ファブリスとかいう偉そうな王子は放っておくことに決める。これから話は、セルゲイにするべきだ。
 だが……。
「その前に、ここから移動しないか? こんな場所では、まともに話もできない」
 さっきも思ったが、こんな牢屋にいたんじゃあ、何もしていなくてもオレが悪い気がしてくる。そんな状態でまともに話ができるはずがない。
「そうだな。できる限り早く、ここから出たい」
 オレの提案に真っ先に賛成したのはファブリスだった。奴としてもこの場所は耐えられなかったのだろう。
 まぁセルゲイにオレを精神的に追い詰めて話を優位に運ぼうとする意図があったのなら、この発言は二つの意味でオレを助けたことになるな。
 もっとも、このセルゲイが全く反対しないことからも、どちらでも良かったのかもしれない。
 こうしてようやく、オレはようやく牢屋から出られたのである。


 場所は変わって、オレ達は今、普通のといっていいのか分からないが、ちょっとした部屋で対峙している。
 流石は王宮だ。なんてことのない部屋なのに、妙に金が掛かってそうだ。いや、田舎者のオレには、詳しいことは分からないが……。
 しかし、相変わらずオレには二人の見張りが付いている。コレもどうにかして欲しかったぞ、実際。
 それはそうと、オレの前に座るセルゲイがもう一度要望を、オレの力をこの国で使わないかと聞いてきた。
「なぜそんなことを? 今のオレでは多少風を起こせるくらいで、人一人満足に倒すこともできないぞ。師匠ならば別だが、そんな力では役に立たないと思うが、それでいいのか?」
 などというオレの疑問に、ファブリスが割り込んでくる。
「おい、どうしてさっきから名前しか名乗らない。やはりそんな奴は信用できないな」
 空気の読めない奴め。話の腰を折るな。
「オレは平民だから、姓はないぞ」
 何でも自分を基準に考えるんじゃない。誰にでも家名があると思うな。家名を名乗らないから信用できないって、どういう思考をしている。これだから、お偉いさんは嫌いなんだよ。
「ふん。家名がないくらいだ。どうせつまらん奴だろう。なぜこんな奴におれが会わなければいけないんだ」
 オレの思いに気付かず、ファブリスはそう曰う。
「まぁ、そう仰らずに。今の時代で魔導師を抱えていることは、国としてもステータスになります。価値はあります。それにファブリス様にご足労頂いたのは、国の大事ごとだからです」
 それにしても、こんな奴に決めさせていいのか。よその国のことではあるが心配になってくるぞ。
「話が逸れてしまって、申し訳ありません。それでニトスさん。いかがでしょうか。理由は先ほどファブリス様に伝えたように、今の時代に魔術師を抱えているだけで他の国への影響力が変わります。だからこそ、こうしてお話させて頂いているのです」
 なるほど。確かにどこかの国に請われて仕えるというのは、冒険者としても名誉なことではある。普通であれば、悪い話じゃないだろうし、お互いにとって悪い話ではない。こちらとしても、何よりその後の生活が安定する。
「せっかくだが、断らせてほしい」
 しかしそれは、オレの望むことじゃない。オレはそんなことのために旅をして、冒険者を目指しているんじゃない。
「それよりシイナは、連れの娘はどうしてる?」
 それにシイナのことも気掛かりだ。シイナがどこかで暴れたりしていないか考えると、おちおちしてもいられない。
「その娘なら、大丈夫です。彼女も魔法を使えるか分かりませんので、監視は付いていますが」
 そうか。とりあえずシイナは暴れたりしてないようだ。安心した。
 って、さっきから師匠に対する印象じゃないよな、これは。
「とりあえずシイナが無事ならいい。で、オレはいつまでここにいることになるんだ?」
 まぁ、この状況ですぐに出られるということもないとは思うけどな。それでも、少しでも早くここから出たいものだ
「ちょっと待て。さっきからシイナという名前が出ているが、もしかしてあのシイナなのか?」
 ん? 何だ? もしかしてファブリスは、シイナのことを知っているのか?
「もし、シイナ・R・トールだとしたら一大事だ。この国の存亡に関わる。すぐに確認しろ」
 その様子にただならぬものを感じたのか、俺を監視していた内の一人が確認のために走り出す。
 どういうことだ? シイナってもしかして凄い人なのか?
「一応貴様にも確認を取りたい。一緒にいた娘の名前はシイナ・R・トールで間違いないか?」
 そんなことをオレに聞かれても困る。彼女は確かにシイナだが、フルネームまでは知らない。オレはその旨を伝えることしかできない。もっとも、それで先方が納得してくれるかどうかは分からないが……。
 それはともかく、慌ただしくなってきた。しかも、オレが考えていたのとは違う方向に話が進んでいる。
 それでもシイナがキーになっている以上、オレにできることはないと思う。唯一できることは、これ以上事態がややこしくならないように祈るだけだ。
 が、これはまぁ、仕方がないのかもしれない。シイナには、オレも知らないことが多すぎる。だから、オレの分かる範囲、答えられる範囲でしか質問には答えられなかったし、答えなかった。
 そうこうしているうちに、ようやく確認に行った奴が帰ってきた。その後ろには、シイナも一緒にいる。
 シイナと離れていたのは少しだけなのに、随分久し振りに見たような気がする。なんだかんだといっても、やはりあの牢獄が堪えたのかもしれない。
 そのシイナの顔は……。
 うわぁ。もの凄く楽しそうだ。それも、悪い意味での楽しみを感じている顔だぞ、あれは。今このときのために、おとなしくしていたのではないかと思ってしまうほどである。
 そのシイナに対して、彼女の顔を見たファブリスは、見ていて気の毒なくらい青ざめている。しかし、シイナの何がそんなに怖いのだろう? って、普段の態度を考えれば当然か。オレもかなり、くらったからなぁ。
「この度は大変申し訳ありませんでした。知らなかったとはいえ、シイナ様とそのお連れの方に無礼を働きまして」
 シイナが部屋に入って扉を閉めるや、ファブリスは直立したのち、大きく頭を下げてそう謝った。
「私のためにお呼びしておきながら、このような振る舞い、さぞやお怒りだとは思いますが、平にご容赦下さい」
 このファブリスの態度には、オレだけでなく部屋にいた全員が驚いたようだ。この驚きようだけで、こいつが普段どんな態度なのか分かるくらいだ。
「いいよ、いいよ。こんな時だし、ピリピリしているのも分かるよ」
 対するシイナは、一見にこやかだがあれは何か企んでいる。そういう雰囲気をそこはかとなく醸し出している。
 あれが自分に向けられるとたまらないが、他人に向いているのをみると、不覚にも楽しみ感じてしまう。その相手が、あの嫌そうなファブリスだというのも大きいとは思うが。
「でも、治安に関してはまだまだだね。この国に入ってから二回も盗賊に襲われたよ。しかも二回目は、ここのすぐ近くで。その辺はしっかりした方がいいんじゃない? 特に今は大事なときなんだから」
 早速、やってるよ。でもまぁ、相手が国のお偉いさんだからか、一応は抑えているみたいではある。
「その件に関しては、こちらのセルゲイの方が詳しいでしょう。セルゲイ、頼む」
「え? あ、はい。まず、主要街道に関しては通常とは別に正規兵を配置しています。しかし……」
 話を降られたセルゲイは、ファブリスの急な変貌に多少呆けていたようだったが、すぐに対応して説明を始めた。
 が、詳しい説明の内容はここでは描写しない。そんなものをいちいち説明されても面白くないだろう。
 ただ簡単にまとめると、兵士を配置しているのは主要街道のみだということだ。理由は正規兵は集団対集団の戦闘は慣れているが少数での活動には慣れていないことや、脇道まで警備する人的・資金的余裕がないことなどである。
 盗賊の数が増えているのは、集まる人々を狙う輩も集まっているかららしいが、他国からの来賓は主要街道で来るので、それでもさほど問題はないだろうとの判断だそうだ。実際に主要街道に関しては、極めて安全に通行できるとのことだ。
 ん? 他国からの来賓?
 そういえば「大事な時期」とかいっていたけど、一体何があるんだろう? シイナは、そういうことをいわないからなぁ……。
 しかし、そういったことを聞ける雰囲気でもないよな、これは。シイナも真剣な様子で聞いているし……。とりあえず、楽しみは、ここでは披露しないらしい。ちょっと残念だ。
 それにしても、シイナはただ聞いているだけじゃなく、所々で口を挟んだり質問をしたりしている。シイナってこんなこともできるんだ。意外な一面だ。
「なるほどね。分かったよ」
 そんな風にシイナを見ている内に話も終わったみたいだ。まぁこの様子ならこのまま牢屋に逆戻りということもないだろうな。
「それじゃあ、ボクたちも準備をしようか。部屋はあるよね?」
「はい。初めからシイナ様のための部屋はご用意してあります」
 ファブリスも変われば変わるもんだな……。
 準備とは何をするのか分からないけど、こうなるとなるようにしかならないよな。でも少しはオレにも説明して欲しいぞ。
 そう思いつつ、オレはシイナに続いて部屋を出で、準備に取りかかるのだった。。


「で、シイナ。結局今回のは何だったんだ?」
 現在俺とシイナは、城を辞してこれまでのように街道を歩いている。
 昨日は、盛大なパーティだった。
 そのパーティーには様々な格好に着飾った人々がいた。当然オレやシイナもそういう格好をしていた。
 しかし本当に、慣れない格好には戸惑った。なんだか動き難かったし。それに、ああいう場にいること自体が、場違いな気がして落ち着かなかったのも事実である。
「何って、パーティーだよ。少しは楽しめた?」
 一方のシイナは、ああいう場にも慣れているみたいだった。
 シイナは結構小柄だから、ドレスとか似合わないんじゃないかと勝手に思っていたけど、なかなかどうして様になっていた。しかも、子供がおめかしをしたような感じでもなく、キチンと大人の女性の雰囲気だ。これには驚いた。
「まぁ、これでも子持ちだから。見た目だけで判断しない方がいいよ」
「そうですか……」
 って、子持ち!? シイナって子供いるの?
 全然そういうの、想像もできなかったよ……。シイナ見た目は10歳代の半ばくらいだし、その年代と比べてもあまり発育がいいようには見えないからなぁ……。
 でもそんなシイナの子供なら、まだ小さいんじゃないだろうか。そんな子供を放っておいてオレと旅をしていて大丈夫なのだろうか? 多少疑問ではある。
「そのあたりは大丈夫だから、君が気にする必要はないよ」
 そうですか。シイナがそういうのならそうでしょうね。
 それにしても、この前からシイナの色んな顔を見ていると思う。しかも、まさか子供がいるなんて爆弾発言が飛び出すとは思わなかったよ……。
 って、よく考えたら初めて会ったときも全然雰囲気が違ったっけ……。最初、それが彼女だとは思わなかったほどだった。そのときも、普段とは違って大人な感じだったよな……。
 それに、あんな場所に呼ばれていることといい、シイナって一体何者なんだろう? シイナを呼んだのも王族直々だそうだし、謎が多すぎるよ、全く……。
 いや、そうじゃないって。確かにシイナのことも気にはなるけど、今までのパーティがなんなのかを聞いているんだって。
「結婚披露のパーティだよ。この国のファブリス王子のね」
 へぇ。あいつ結婚するんだ。で、そのパーティーだったわけだ。なるほど。道理で、あいつがやけに目立ったわけだ。
「しかし、よくあんな奴と結婚するような女性がいたよな」
 オレの思いに、シイナが笑いながら答えてくれる。
「まぁ、それはそれだよ。政治的な思惑とかも絡んでない、といえば嘘になるし」
 政略結婚かよ。それなら、相手の女性は大変だろうな。
「そうでもないよ。両方知っているけど、二人とも気があっていたし。純粋に恋愛結婚だと見ていいと思うよ」
「そうなんだ。でも、少ししか話してないけど、あのファブリスを好きになる女性がいるなんてな」
 オレはファブリスの顔と態度を思い出しつつ、そう感想を漏らす。
「まぁこの国には多少なりともメリットはあるけど、相手側の帝国にはメリットもないしね。好きだったからこそ結婚も許されたんだよ。そうじゃなかったら、帝国側の許可は出なかったよ。メリットないんだから」
 ふ~ん。王子ともなると結婚一つとっても大事なんだな。でもそうだと、逆に好きだから結婚できるっていうのも不思議な気もする。
 そんなどうでもいい感想を抱きつつ、オレ達は次に向かって歩いていく。
「ところで、あの話を断ったのはどうして? 受けてたら宮廷魔術師だよ?」
 しばらくしてから、シイナは笑いながらそう聞いてきた。
「宮廷魔術師って……。そういわれると心が動かされるけど、そういうのが目的じゃないことはシイナも知っているだろ」
「そっか……。そうだね。そのためにボクもこうしているんだから、感謝してよね」
 シイナは屈託のない笑顔で同意してくれる。
 そう。オレには目的がある。そのためにこうして冒険者を目指しているんだ。
 決意も新たに、オレ達は街道を進んで行った。

0 件のコメント: