2008年10月31日金曜日

現代小説『月夜の空中散歩』

 昔の童話では、月にはウサギが住んでいるという。月の模様をウサギに見立てたらしい。
 もちろんこれは、日本での話である。国によっては、あの模様はカニだというし、それぞれ地域性があるのだろう。さすがに詳しいことは分からないが、その辺りはあいつなら詳しいかもしれない。
 それはともかく、昔から月は我々人間にとって一番身近な天体であることに間違いはない。だからこそ、色々と月にまつわる話があるのだろう。
 また月は人間だけでなく、多くの存在にも様々な影響を与えている。かくいう俺の能力も、月の影響は大きい。というより、俺の能力の本体は、月の力そのものだといえる。
 などと、俺が月について考えているのは、現在月がよく見える所にいるからである。時刻は夜の十時。
 ちなみに傍らには、あいつもいる。いつもと違い、今はおとなしくしている。が、月を遮る物もない特等席なのにもったいないにもほどがある。
 といっても、今いる場所は普通の場所ではない。月どころか、それ以外の物も上下左右にわたって遮る物がない空間である。そこに、俺とあいつは浮かんでいるのである。浮かんでいるのだが……。
「珍しいですね。あなたがそんな表情を見せるなんて」
「悪かったな。俺にも怖いものはある」
 そう、あいつはこの状況が落ち着かないのか、しきりに周囲を気にしている。顔色も心なしか悪いようだ。
 ちなみに、現在俺は女性化している。例えあいつの前でも、能力を使うときは女性になるようにしている。だから、先ほどの俺のセリフも、女性の口調である。
「しかし、こんな場所でよく落ち着いていられるな。俺は今、人間は地面を歩く存在だと思い知らされたのだが」
「慣れの問題ですよ。こうやって空を自由に動き回るのも良いものですから」
「そうはいっても、俺はお前とは違う。無茶をいうな」
 そんなものか。まぁ、俺自身も空を飛ぶのは久し振りではある。
 というより思い返してみると、こうして楽しみのためだけに空中にいること自体初めてだ。仕事とかも関係なく、ただこうして能力を使うことも滅多にないことではある。
 そんな状況の中、お前はここにいるんだぞ? 少しは光栄に思えよな。
 などと思いつつ、あいつのために高度を上げてやる。空にいる場合、下手に地面の近くにいるよりも、高度が分からないくらい上昇した方が怖くないからだ。
「このくらいならどうです? 先ほどよりは大丈夫でしょう?」
「……なるほど、確かに……。しかし、上に行けば寒くなるかと思ったが、思いの外平気な物だな」
「それはそうですよ。結界を張ってますから」
 俺は笑いながら答えた。
 ちなみにこの結界はなかなか高性能な代物である。本来の役割は、空を飛んでいる俺たちを周りから隠すことであるが、副次的な効果として周囲からのバリアとしての働きもある。これがあるからこそ、安心して飛ぶことができるのである。
 また、俺とあいつは別々に行動することもできる。ずっと手を繋いでいる必要もないのだ。
「そうか、さすがだな」
「褒めても、何も出ませんよ」
 しかし、そういわれて悪い気はしない。
 だから俺は、先導するような感じで、少しだけあいつより上を飛んでいた。
「それにしても今日はベージュか。やるな」
 ? ベージュ……?
 ……!!
 その言葉に、俺はとっさに後ろを押さえる。
 もしかして、見られた!? 今はスカートだということを失念していた。それに結界があるから、普段は誰にも見られる心配がないこともある。完全に思考の外だった。
「そういう反応は、完全に女性だな。良い傾向だ」
 くそっ。空への恐怖心が和らいで余裕が出たのか、そんな軽口も叩いてきやがる。そんなことをいうようなヤツは、ここに置いていくぞ?
「悪かった。しかし安心しろ。見たことに対する責任はしっかりとる」
 責任をとるって、何をする気だよ。変なことをしたら、マジで怒るからな。
 そんなやりとりをしつつ、俺とあいつは夜の空を楽しんだのだった。

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