暑い……。
梅雨も明けてたばかりだというのに、この暑さはなんだろう。気分的には、暑いというより熱いという感じ。
しかもようやく梅雨が終わったばかりだ。ということは、これからが本格的な夏到来。そうすれば更に暑くなってくる。
そう考えると気が滅入る。暑過ぎて、何をするにしてもやる気が起きないほど。
「暑いですね、先輩」
「そうだな」
「どうです? この後、プールにでも行きませんか?」
「この日差しの中プールというのは、俺に対する嫌がらせか?」
暑さにうだる中、高校生くらいの男女の会話が耳に入ってきた。彼らの会話内容も、この暑さに関することみたいだ。それにしか頭がいかないような暑さであることに間違いない。
その高校生は、少年の方はそれなりに身長はあるものの線が細い印象を受ける。個人的には、もう少し肉がついている方が好感が持てるけど。
一方の少女は、小柄ながらもしっかりと肉も付いている。太っていると印象を受ける寸前という感じだが、見事に可愛らしさと両立させている。細過ぎるより、あのくらいの方が健康的でいい。
あれ……? 待てよ……? あの二人って、どこかで見たことがある気がする……。暑さで頭がやられたのか、どうもハッキリしないけど……。
……って、思い出した! あいつは、この間の吸血鬼!! 一緒にいる女の子も、その時助けた娘! どうしてこんな所で、一緒にいる!?
いや、そんなことを気にしている場合じゃない。問題は目の前の相手、吸血鬼だ。
頭を軽く振って意識を切り絶え、今できることを考える。
まず能力的に、相手の方が格上。前回のことから見て、これは認めないといけない。
次に、今は充分な得物を持っていない。あるのは普段から持ち歩いている護身用のナイフだけ。
でも、こちらにも分はある。
まずはこの日差し。いくら太陽が大丈夫だとはいっても吸血鬼。多少なりとも弱体化しているはず。
それに、相手はまだこちらに気が付いていない。今なら、相手の不意をつけると思う。
また、前回の戦いでは魔法を使わなかった。このことも、こちらに魔法が使えることを知られていないのだから、アドバンテージになる。
そもそも普段、魔法をあまり使わないのは数が打てないから。でもその分、威力はある。
油断している状況で全力をたたき込めば、チャンスは充分。それに無理だと判断したら引くだけだし。
そんなことを考えながら、相手に気取られないように、少しずつ魔力を練っていく。
幸い、周囲に人の気配はない。この暑い日差しは、相手の弱体化のみならず、この点でもプラスに働いている。
魔力を高めると同時に、周囲に目撃者防止のための結界を張る準備もしておく。流石に魔法を準備しながら結界を張るだけの魔力量はない。だから、魔法を放ってから結界を張ることになるが、それは仕方がない。
そうこうしているうちに、魔力も高まってきた。今日は上手いことに、魔力の隠蔽も完璧。これなら、相手に気付かれていないはず。
よし、今!
タイミングを見計らって、一気に魔法を解き放つ。それに引き続いて、準備をしておいた結界を張る。周囲に人の気配はなかったし、これで目撃者が出る確率もグッと少なくなるはず。
放った魔法は、目標に向かってまっすぐ飛んでいく。
それを確認すると同時に、相手に向かってダッシュする。
よし。このままなら命中する。しかもその直後にちょうど相手に肉薄できるタイミングだ。
動きは最小限、かつ、効果的に。狙うは吸血鬼にとっても弱点である心臓。状況的に相手に読まれることは考えない。
そう思ったときである。
……え!? 放った魔法が消えていく……?
相手に気付かれたていた? いや、そんな様子はなかった。それに、キャンセルをかけた素振りも見えなかった。ならば、一体誰が?
そう思っても、前に出た勢いは止まらない。
いや。それにどうやら相手もこの状況に驚いているみたいだ。ならば、どうせこちらも急に止まれないのだから、このまま攻撃するべき。
そう考え、手に持ったナイフで相手に切り掛かる。
相手に向かう勢いをそのままに、相手に届くギリギリのタイミングで腕を突き出す。
が、その攻撃は難なくかわされてしまう。
もっとも、やはりこちらの攻撃は予想外だったらしく、反撃できる体勢ではない。まだチャンスはある!
その時である。
「きゃあぁぁぁ!」
女性の悲鳴が辺りに響きわたった。
いつの間に!? さっきは誰もいなかったはずなのに?
思わず声のする方を確認すると、20歳台の女性が驚いた様子でこちらを見ている。
ナイフで切りかかった様子を見られた!?
だとしたら、長居は無用。一刻も早く、ここを去るべき。
そう判断し、急いでこの場を離れるために走り出す。
ダメだったか……。まぁ、きっと次の機会がある。
そう自分に言い聞かせることにする。
それにしても、あの吸血鬼とのことで自分の未熟さを思い知らされた。これまでは少しうぬぼれていたけど、もっと精進しないといけないかな……。
そう自覚した夏の昼下がりだった。
0 件のコメント:
コメントを投稿