2008年10月5日日曜日

現代小説『とある夏の日の遭遇』

 暑い……。
 梅雨も明けてたばかりだというのに、この暑さはなんだろう。気分的には、暑いというより熱いという感じ。
 しかもようやく梅雨が終わったばかりだ。ということは、これからが本格的な夏到来。そうすれば更に暑くなってくる。
 そう考えると気が滅入る。暑過ぎて、何をするにしてもやる気が起きないほど。
「暑いですね、先輩」
「そうだな」
「どうです? この後、プールにでも行きませんか?」
「この日差しの中プールというのは、俺に対する嫌がらせか?」
 暑さにうだる中、高校生くらいの男女の会話が耳に入ってきた。彼らの会話内容も、この暑さに関することみたいだ。それにしか頭がいかないような暑さであることに間違いない。
 その高校生は、少年の方はそれなりに身長はあるものの線が細い印象を受ける。個人的には、もう少し肉がついている方が好感が持てるけど。
 一方の少女は、小柄ながらもしっかりと肉も付いている。太っていると印象を受ける寸前という感じだが、見事に可愛らしさと両立させている。細過ぎるより、あのくらいの方が健康的でいい。
 あれ……? 待てよ……? あの二人って、どこかで見たことがある気がする……。暑さで頭がやられたのか、どうもハッキリしないけど……。
 ……って、思い出した! あいつは、この間の吸血鬼!! 一緒にいる女の子も、その時助けた娘! どうしてこんな所で、一緒にいる!?
 いや、そんなことを気にしている場合じゃない。問題は目の前の相手、吸血鬼だ。
 頭を軽く振って意識を切り絶え、今できることを考える。
 まず能力的に、相手の方が格上。前回のことから見て、これは認めないといけない。
 次に、今は充分な得物を持っていない。あるのは普段から持ち歩いている護身用のナイフだけ。
 でも、こちらにも分はある。
 まずはこの日差し。いくら太陽が大丈夫だとはいっても吸血鬼。多少なりとも弱体化しているはず。
 それに、相手はまだこちらに気が付いていない。今なら、相手の不意をつけると思う。
 また、前回の戦いでは魔法を使わなかった。このことも、こちらに魔法が使えることを知られていないのだから、アドバンテージになる。
 そもそも普段、魔法をあまり使わないのは数が打てないから。でもその分、威力はある。
 油断している状況で全力をたたき込めば、チャンスは充分。それに無理だと判断したら引くだけだし。
 そんなことを考えながら、相手に気取られないように、少しずつ魔力を練っていく。
 幸い、周囲に人の気配はない。この暑い日差しは、相手の弱体化のみならず、この点でもプラスに働いている。
 魔力を高めると同時に、周囲に目撃者防止のための結界を張る準備もしておく。流石に魔法を準備しながら結界を張るだけの魔力量はない。だから、魔法を放ってから結界を張ることになるが、それは仕方がない。
 そうこうしているうちに、魔力も高まってきた。今日は上手いことに、魔力の隠蔽も完璧。これなら、相手に気付かれていないはず。
 よし、今!
 タイミングを見計らって、一気に魔法を解き放つ。それに引き続いて、準備をしておいた結界を張る。周囲に人の気配はなかったし、これで目撃者が出る確率もグッと少なくなるはず。
 放った魔法は、目標に向かってまっすぐ飛んでいく。
 それを確認すると同時に、相手に向かってダッシュする。
 よし。このままなら命中する。しかもその直後にちょうど相手に肉薄できるタイミングだ。
 動きは最小限、かつ、効果的に。狙うは吸血鬼にとっても弱点である心臓。状況的に相手に読まれることは考えない。
 そう思ったときである。
 ……え!? 放った魔法が消えていく……?
 相手に気付かれたていた? いや、そんな様子はなかった。それに、キャンセルをかけた素振りも見えなかった。ならば、一体誰が?
 そう思っても、前に出た勢いは止まらない。
 いや。それにどうやら相手もこの状況に驚いているみたいだ。ならば、どうせこちらも急に止まれないのだから、このまま攻撃するべき。
 そう考え、手に持ったナイフで相手に切り掛かる。
 相手に向かう勢いをそのままに、相手に届くギリギリのタイミングで腕を突き出す。
 が、その攻撃は難なくかわされてしまう。
 もっとも、やはりこちらの攻撃は予想外だったらしく、反撃できる体勢ではない。まだチャンスはある!
 その時である。
「きゃあぁぁぁ!」
 女性の悲鳴が辺りに響きわたった。
 いつの間に!? さっきは誰もいなかったはずなのに?
 思わず声のする方を確認すると、20歳台の女性が驚いた様子でこちらを見ている。
 ナイフで切りかかった様子を見られた!?
 だとしたら、長居は無用。一刻も早く、ここを去るべき。
 そう判断し、急いでこの場を離れるために走り出す。
 ダメだったか……。まぁ、きっと次の機会がある。
 そう自分に言い聞かせることにする。
 それにしても、あの吸血鬼とのことで自分の未熟さを思い知らされた。これまでは少しうぬぼれていたけど、もっと精進しないといけないかな……。
 そう自覚した夏の昼下がりだった。

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