2008年9月29日月曜日

現代小説『真夏の吸血鬼』

 日差しが暑い。現在俺は、女性の身体で周囲を散策中である。
 前回のようなこともあり、俺としてはしばらく男のままでいたかった。が、俺は女性としての経験が少な過ぎて無防備な状況になっているというあいつの指摘もあり、少しでも女性に慣れるためにやむなく普段から女性化するようにしている。
 しかしそれでも、俺はズボンにしたかった。が、女性に慣れるためという理由もあり、今はスカート姿となっている。もっとも、さすがに年齢的なことからも、ミニだけは勘弁してもらったが。
 それはとにかくとして、これからしばらく俺は仕事とは関係のない状況でも、女性として行動することにしている。
 そうなると問題になるのが、衣食住である。特に家は、俺のアパートにいるわけにはいかない。そんなことをしたら、正体を隠すために女性化していることが無意味になってしまう。
 それに、俺の家には女性用の服はない。これまで、日をまたいで女性化していることはなかったし、いつもあいつの所で女性化していた。服もその時、あいつが用意していたものを着ていた。だから俺のアパートには、女性が生活するための物がないのである。
 やむなく俺は、今はあいつの世話になっている。仕事もしていない状況で世話になることに抵抗感はあったが、その辺りは押し切られてしまった。一体あいつは何を考えているのだろうか。俺には分からん。
 まぁ、それはいい。今日は久し振りに一人だ。女らしくしろと口を酸っぱくするあいつもいない。たまには、ゆっくり歩くのもいいだろう。
 しかし、それにしても……。
「暑いですね、先輩」
「そうだな」
 離れたところから聞こえる会話に思わず同意したくなる。
「どうです? この後、プールにでも行きませんか?」
「この日差しの中プールというのは、俺に対する嫌がらせか?」
 話をしているのは、高校生のカップルのようだ。初々しい。俺にもあんな時があったんだよな……。もっとも俺もまだ20歳台なので、まだまだだといえるのだが、あまりそういう気持ちにもなれないな。
 しかし、ん……なんだ? 何となく、男の方に違和感を感じる。
 ……あぁ、なるほど。
 。あの男、人間じゃない。巧妙に隠してはいるが、何となく分かる。
 うん……? そうか、吸血鬼……か。
 日本では珍しいな。吸血鬼は流水が苦手だから、海に囲まれた日本ではいるだけでツライはず。それにこの夏の日差しの中でも大丈夫そうだし、かなり能力があるのだろう。まぁ、プールを嫌がっているので、完全に問題ないというわけでもなさそうではあるが。
 しかし、これはカンになるが、特に放っておいても問題はなさそうだ。一緒にいる娘は間違いなく人間だし、操られている様子もない。素直に仲も良さそうだし、吸血鬼もあのレベルになると不用意な行動は控えるだろう。
 それに、吸血鬼にそうそう手を出そうとは思わない。なんだかんだいってもその魔力は高いし、倒せたとしてもその後処理が大変だ。
 もっとも、最大の理由は面倒だからだが、俺からは何もしないでおくのが無難だろう。
 と、そんなことを考えていたとしても、事件は起こってしまうものらしい。そのとき俺は、気付かなくてもいいことに気が付いてしまったのである。
 俺は、吸血鬼と少女のカップルからさらに離れたところに、異様な魔力を感じてしまった。こちらも吸血鬼同様、うまく魔力を隠している。しかし、なんで気付いてしまうんだろうな、俺……。
 そう思っても、仕方がない。
 あの魔力をぶつけたら、一緒にいる娘にまで被害が及びそうだ。というより死ぬぞ、あの魔力量は。さすがにそれは目覚めが悪い。
 やむなく、まさに今発動しようとしている魔法に対してキャンセルをかける。とりあえず、消すのはあの魔法のみである。
 って、凄いな!
 魔法を放った人間は魔法が放ち終わると同時に、周囲に結界を張りやがった。さらに、ダッシュで一気に距離を詰める。タイミング的に、魔法が着弾した直後に相手に肉薄できる距離だ。その手には、いつの間にか剣が握られている。かなりの能力者だぞ、あれは。
 などと他人事だからこその無責任なことを思いながら見ているが、そろそろキャンセルが効いてきたみたいだ。放たれた魔法がどんどん縮小していき、目標に到達する前に消える。
 へぇ、結構簡単に消えるもんなんだ。見たこともない魔法だったし、もっと手こずるかと思ってたけど、キャンセルしやすい魔法だったのかもしれない。
 でも、あいつやるな。魔法が消えたことに驚いたみたいだが、その後の対応が見事だ。これまで、上手いこと気配を消していたこともあってか、剣での奇襲に切り替えたようだ。
 しかし、吸血鬼の方も襲撃に気が付いたらしい。こちらも驚いているみたいだが、それでも難なく斬撃を避ける。体捌きだけであそこまで避けれるとは。どうやら力量は吸血鬼の方が上手らしい。
 っと、いつまでも眺めていても仕方がない。そろそろ止めないと。
 さて、いざ自分でやろうとするとつい中途半端になりそうだが俺は意を決すると、
「きゃあぁぁぁあ!」
 力の限りの声を上げた。
 自分でやっておいてなんだが、これはきついな。女性って、なんでこんな悲鳴の上げ方をするんだろうか。
 しかし、効果はあったようだ。双方とも俺の声に驚いたようにこちらを見た後、攻撃を仕掛けた方が走り去っていった。
「あの、大丈夫でしょうか? お怪我とかありませんか?」
 襲撃者がいなくなったのを確認から、俺は高校生らしき吸血鬼と少女の二人に近付いて声を掛けた。
「あ、はい。大丈夫です」
 返事をしてくれたのは少女の方である。
 吸血鬼の少年は、なぜか俺の顔をじっと見ている。
 いや、だから男に見つめられたって嬉しくないって。それに、お前にはそこに彼女がいるだろう。大体、俺の顔なんて十人並みなんだし、どうして見るんだ?
「あの、私の顔に何か……?」
 つい聞いてしまう。
「先輩、何見てるんですか!? 失礼ですよ」
 ほら、彼女も怒っているぞ。
「いえ、すみません。ぶしつけに見たりして。それとありがとうございます。あなたのおかげで怪我一つなくすみました」
「それはよかったです。あ、警察とかに連絡しなくても構わないのでしょうか?」
 吸血鬼だしそういうことは困るかもしれないが、たまたま目撃した一般人としては、聞かなくてはいけないだろう。この辺りのさじ加減は、非常に面倒だ。
「いえ、その必要はないと思います。それに通報したらあなたも警察に色々聞かれて面倒でしょうし、止めておきましょう」
 そういうと、俺に手を差し出してきた。
 ……?
「俺は、御手洗といいます。こちらは早瀬。今度どこかであなたと会いたいですね」
 おい。こいつもナンパかよ!? 俺はそういう星座のもとに生まれているのか……?
「そういうことは、彼女がいない人が言うものですよ。可愛らしい彼女が怒ってますよ」
 しかし、一応大人の対応はしておく。あぁ、思ったより女性ということに順応しているな、俺。それが、いいことかどうかは分からないが。
「あ、いえ。そういう意味ではなかったのです。あなたの能力に興味を持ちましたもので。あそこで攻撃を消してくれたおかげで彼女に怪我をさせずにすみました」
 わお、気付かれていたよ。こちらもうまく隠していたつもりだったんだが。まだまだ精進が足りなかったようだ。
「そうですか。では、機会があればということで」
 バレてしまったものをいちいち隠していても仕方ない。俺は素直に認めることにする。
 もっとも、吸血鬼の感知能力を誤魔化すのは並大抵のことじゃない。そういう意味でも、さっきの奴は凄腕だといえる。あんな奴と戦闘にならなくてよかったと本当に思う。
「では、私はそろそろいきますので。これからも気を付けて下さいね」 
 そういって別れたが、こちらの名前は名乗らないでおいた。まぁ、これも身を守るための用心の一つだ。この業界、何が命取りになるか分からないからな。

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