「みぃ」
その声を聞いたのが、偶然だったのか必然だったのかは分からない。
しかし、俺は気が付いてしまった。その今にも消えそうな声に……。
声のする方を見ると、はたしてそこには一匹の子猫がいる。三毛猫のようだが、かなり弱っているようだ。途切れ途切れに聞こえるその声は、ひどく弱々しい。
もしかすると、生まれたばかりの子猫を持て余して捨てられたのかもしれない。もしそうなら、ひどいことをする奴もいるもんだ。
とはいっても、ウチで飼うことも難しい。アパートだし、大家さんに許可がもらえるかどうか……。
かわいそうだとは思うが、心を鬼にして……。
って、できるか~! こんな声を聞いて放っておくなんて、人間のできることじゃねぇ!!
子猫をそっと抱きかかえると、俺は歩き出す。とりあえず、かなり弱っているこの子を何とかしないと……。
その後家に帰り、ネットで調べて世話をしたり、病院に連れて行ったりと色々した。
そしてこの猫は、そのまま俺の家にいる。
初めは元気になったら里親を探す気だったが、愛着が湧いて手放せなくなってしまった。さらにいえば、問題なく飼えるような状況になっているのである。
というのも……。
「ただいま」
「あ、お帰り~」
俺が家に帰ると、出迎えてくれるヤツがいる。
こいつは、この前拾ってきた猫である。名前はアディルス。俺はアディと呼んでいる。
そしてアディは、なぜか人間に変身できるらしい。ただしオスである。三毛猫なんだからメスだと思いきや、こいつはオスなのだ。そのことを知ったときは驚いた。
三毛猫のオス。そういう意味では貴重な存在である。さらに人間に変身できるとなれば……という感じだが、俺は特にそういう点はどうでも良い。メスであれば人間になったときに女の子になって、ああいう展開も期待できたのだが、残念にもそうは問屋も卸してくれなかったようだ。
とはいっても猫としてみた場合、アディは俺好みである。だから俺は、アディを猫でいるように指導している。
「みぃ。そんなこといっても~」
しかし、そんな俺にアディは反抗してくる。困ったものだ。こいつは、人間でいる方が好みらしい。
「こっちの方が楽だよ~?」
まぁコミュニケーションを考えると、こちらの方が楽なのもまた事実ではあるが……。
って、違うだろ! 何影響されているんだよ、俺!?
恐るべし、アディ空間……。
などと考えている間も、アディは帰宅した俺に構ってオーラを出しながらまとわりついてくる。
ええい、うっとうしい!
お前は猫だろう。なのにその雰囲気は、まさしく犬だぞ。
「が~ん」
ショックを受けたのか、アディは口に出してその気持ちを表している。
しかし、実際に口に出していうと馬鹿っぽいぞ? 気を付けた方がいいんじゃないか?
「でも、こうして思いを口に出すことも重要だと思います」
いきなり口答えするんじゃありません。口調を変えてもダメです。
「思いを口に出すからこそ相手に伝わるわけですし、相互理解には必要不可欠だと思います」
それはそうかもしれないが……。って、アディ。お前は猫なのだから、お前とそういう議論をしてもしかたないだろう。
「みぃ。議論は好きなのに~」
それは、俺も好きだけどな。しかし、だからこそ思う。お前はどうして猫なんだ。人間なら素直に議論を楽しむこともできるのに……。
っと、すまん。お前が猫だというのが悪いわけじゃない。そういう意味じゃないんだ。だから、そんな顔をするな。前にも言ったように、猫としてのお前は好きだから。
「大丈夫? ここにいてもいいの?」
大丈夫。大丈夫だ。
一度捨てられた経験からか、幼さゆえにそのことを覚えていないとしても、捨てられることに恐怖感がぬぐえないアディを安心させるように抱きしめてやる。そうしてやると、しばらくグズっていたアディも身体から強張りが解けてくる。
落ち着いたか?
「ふみゅ~……」
ふぅ。落ち着いたようだ。よかった。
って、ちょっと待て。今のアディは人間形態だ。そして、アディはオスだ。
つまり、傍から見ると男同士で抱き合っているわけで……。しかも片方が泣いているという状況……。
これはマズい。しかし、今の状況でアディを突き放すことはできない。
くそっ! さっきも思ってしまったが、メスだったらこんな悩みはせずにすむのに……!!
「みぃ。女の子の方がよかったの~?」
が、俺の思いとは裏腹に、思考を読んだかのようなアディの声がかかる。
あぁ、そうだよ。女の子の方がいいよ!
そのアディの声に対して、俺はついそう返してしまったのである。
そんなことがあった翌日。
「みぃ。朝だよ、起きてよ~」
アディの声に起こされた俺は、そのままアディを見る。
いつも通りのアディだな。
実は昨日あんなやり取りがあったし、人間になれるようなアディの能力を考えたら女の子になっているような展開も期待したんだが、やはり現実はそんなにうまくいかないようだ。
そう思いつつ、何気なく視線を落とした俺に、視界が違和感を訴えてくる。着ているTシャツが、やけに視界の下半分に入ってくるのだ。
って、もしかして!?
嫌な予感がした俺は、その予感を確かめるべく自分の胸に手を伸ばす。
やっぱり、やわらかい。
それならば下も……。こっちも当然だがない。
アディ! これはどういうことだ!?
「みぃ? だって女の子がいいっていうから、そうしてみたの~」
それは、お前が女の子だったらいいという意味だ! 俺を女にしてどうする!?
「だって、自分の性別を変えるのは嫌だったから~」
それは、お前の都合だろうが! だからって、いちいち俺の性別も変えるんじゃありません!!
いや、それはいい。俺も落ち着こう。
……ふぅ。
とりあえず、俺を元に戻せ。そうすれば今回のことは水に流してやる。
「みぃ。ごめん。それ無理~」
む、無理って、それはどうしてだ!?
「他人を変えるのに無茶があったから、戻せなくなっちゃった~」
な、何だってぇぇ~! これから俺はどうしたらいいんだぁぁあ~!!
そんな俺の心の叫びが、朝っぱらから近所にこだまするのであった。
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