2008年7月26日土曜日

ファンタジー小説『魔法』

 まずは、ゆっくりと息を吐く。空気だけでなく身体の中にある気を全部吐き出すように、である。
 そして、吸気とともに周囲から気を取り込むようにする。この時に、特に息を吸うことを意識する必要はない。先の吐く行為がしっかりとできていれば、自然にできる。慣れないうちは吐くことだけに注意すればいい。
 吸い込んだ息はすぐに吐き出すのではなく、練るように少しためる。
 その後、またゆっくりと息を吐き出す。この動作を繰り返す。
 慣れない間は、8秒息を吐き、4秒吸い、4秒止める、というサイクルを意識して繰り返せばいい。
 これを繰り返して、少しずつ魔力を高めていく。自分の周囲にある力の流れを感じて、自分に留めるようなイメージだ。
 魔法において、こういう作業の手を抜くことは失敗に繋がる。それに今は練習だ。練習だからこそ、意識的にやるようにしている。
 魔法が得意とはいえないオレにとっては、尚更だ。もっとも剣とかそういう類は、さらに壊滅的だと師匠にも言われたけど……。
 とにかく次は、こうして集中した魔力を右手に集中させる。イメージとしては、周囲から集めた力を、一度身体の中心に集めてから、手に持ってくるような感じだ。
 そして、具体的に魔法として発現させる事象、炎をイメージし、そのイメージを右手に集中させた魔力に乗せる。
 あとは、右手を目標となる的に向けて、魔力を解き放つだけ。
 よし! いけっ!!

 ……ぽっ

 しかし、俺の指先から放たれたのは、すべてを焼き尽くすような炎ではなく、マッチ程度の火だった。
 ……しょぼい。相変わらず、しょぼ過ぎる。
 どうして、いつも上手くいかないのだろうか……?
「あはははは。相変わらずだねぇ」
 落ち込んでいるオレに、後ろから声がかかった。師匠であるシイナが様子を見ていたらしい。
「……見ていたんですか、シイナ」
「うんうん。よくやるよね。一人でここまでできるのは感心するよ」
「そう思うのなら、少しは教えてくれてもいいんじゃないですか」
 何回やっても、イメージもうまくいかないし、発現する魔法も全然小さいものなのだから。
 そういうオレの頼みが通じたらしい。
「そうだねぇ。いつも練習しているのは火の魔法だけど、何か意味があるの?」
 今日は教えてくれるようだ。シイナから魔法について聞くのは初めてである。
「え? だって、魔法の練習って火でするものだろ? 村では皆、そうやってたし」
 オレの疑問に対して、シイナは少しあきれたような声を上げる。
「それじゃあ聞くけど、魔法の属性について知ってるよね?」
 何をいまさら聞きますかね、この師匠は。
「火、水、風、土の四要素だろ。当然そのくらいは知ってるけど」
「それだけじゃないけど、基本はそれでいいよ。じゃあそれに、その人それぞれに生まれつき属性があるってことは知ってる?」
 へ? 生まれつきの属性って?
「生まれつき持っている属性があるから、それ以外の魔法って扱いが難しいんだよ?」
 そうなんだ。それは知らなかったです、はい。
「ついでにいうと、ボクが見たところ君の属性は風。火の扱いは難しいと思うよ」
 何だって? それじゃあ、オレはこれまで無駄な練習をしてきたのか……?
「流石に、無駄ということはないよ」
 オレは、ほっと胸を撫で下ろす。
「でも、オレの属性が風ってことは、もしかして火の魔法は使えないってこと?」
 そういうオレの顔を見て、シイナはかなりの笑い顔だ。
「それは大丈夫。もし使えないのなら、そんな小さい火だって出せないはずだから」
 それは良かった。
 やっぱり魔法を使うからには、少しは派手な火の魔法を使いたいという思いはある。そのくらいのロマンは抱かせてほしい。
「まぁ、とにかく君の属性は風なんだから、それでやってみたら? きっとうまくいくはずだから」
 なるほどね。
 いわれたオレは先ほどと同じように、ただしイメージだけは火から風に変えてやってみることにする。
 あ、凄い……。
 さっきはイメージしにくかった魔法が簡単にイメージできる。確かに全然違う。これはいけそうだ。手応えがある。
 そう感じたオレは気合が入り過ぎていたのだろう。
 解き放たれた魔法は、目標のみならず周囲に暴風といっていい規模で吹き荒れることになった。
 しかし、まともに魔法が使えた嬉しさに、周りのことが目に入らなかったオレは、勢いよくシイナに振り返る。
 そこで目に入ったものは、オレが起こした風によって、スカートが捲れ上がっているシイナの姿。
 あ、白……。
 師匠とはいえシイナは可愛らしい女の子だし、そんな娘のを見れたことは嬉しいけど、だからといって今回のことは不可抗力だし、だからといって見たくないかと言われればそんなことはないし……。
 って、違うだろ、オレ! 何、テンパってるんだよ!?
「この前といい、君って結構スケベだよ……ね」
 って、や、やっぱし怒ってる! 口調はいつもの通りだけど、顔が全然笑ってないよ!?
 少しずつ、シイナが近づいて来る。
 ご、ごめんなさい! わざとじゃないんです!!

 ――――――――!!

 その後のことは、オレの記憶にはない。

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