2008年7月7日月曜日

現代小説『ダイヤの指輪』

「これは何だ?」
「何って、指輪だが?」
 確かに指輪である。シンプルな台座に複雑にカットされた透明な物体が乗っている。ダイヤモンドかと疑いたくなる代物だ。
 本物という事もあるまいが。
 いや、問題はそんなことではない。
「聞いているのは、これを俺に渡してどうするのかということだ」
「ふむ。実は次の仕事は夫婦というのが条件でな。偽装で構わないから相手を務めて欲しい」
 夫婦って、おい。俺にやれっていうのか?
「夫婦が嫌と言うのなら、別に恋人でも構わないぞ。夫婦に準じる間柄というのが条件だが」
「そうじゃないだろうが! 男同士でどうしろというんだ!?」
 そう。俺もこいつも男である。それでどう夫婦や恋人をやれと。
「その辺はアレだ。いつも通り頼む」
 って、まさか? またアレをやれというのか?
「……で、内容は?」
「やる気になってくれたか。それでこそ、俺の見込んだ人間だ」
 やりたくはねぇよ。でもやらないと明日のご飯にも困るんだよ、俺は。
 それと、お前に見込まれても嬉しくねぇ。
「いつも通りのツンデレ振りだな」
 俺はツンデレじゃないぞ。何度いえば分かるんだ。
「っと、それはまぁいい。それで内容だが、とある要人の誕生日パーティーへの潜入だ」
「それで、どうして夫婦の必要があるんだよ」
 別にこのままでも良いじゃなぇか。
「何をいっている。そんな場に男同士で行けば明らかに怪しいだろう。ちなみに恋人の場合、そういう場に連れて行ける間柄ということだ」
 んなことはどうでもいい。
 それにできることなら、そんなところに潜入しなくてすむ生活がしたかった。今となっては後の祭りだが。
「で、服とかはお前が用意するんだろうな?」
「もちろん、貴様が最高に映えるものを用意しよう。会場でも貴様が一番美しく見えるほどのな」
 それは勘弁してくれ……。
 
 結局俺は、こいつの恋人役としてパーティーに出席することになってしまった。
 こいつは背も高いしマスクも甘いから、パーティーでも注目を集めているようだった。何人かの貴婦人は、こいつの微笑を受けただけでノックアウトされたほどだ。点滅するライトと共に運ばれていったけど、大丈夫だろうか?
 俺もそんなヤツの連れとしてそれなりに注目を浴びることになったし、全然仕事にならなかった。
 それにマジでドレスなんか用意しやがって。そのせいで、男どもから妙な視線を浴びる羽目になったぞ。
 ん? どうやって女として潜入したのかって?
 それは企業秘密ってことで、聞かないでくれ。
 ただし、女装ではないということだけ言明しておく。

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