2008年6月17日火曜日

現代小説『美由紀』

 あたしは体が弱い。
 ううん。弱いなんてものじゃない。もうあまり生きられないと思う。まわりは隠しているけど、なんとなく分かる。
 だからなんだろうな。あたしのいうことは、みんな何でも聞いてくれた。でも、それが悲しかった。
 自分の望みが何でも通る。そういうと、ものすごくいいことのように思えるよね。
 あたしが悪いことをしても、誰も怒らない。わがままをいっても、聞いてくれる。
 でもね、違うんだ。そんなのあたしを一人の人間として扱っていない証拠なんだ。
 そのことに気が付いたのは、コーイチと会ってからだった。それまで分からなかったけど、あたしは怒られたかった。きちんと人間として扱われたかったんだ。

 コーイチの第一印象は最悪だった。小さい頃だったけど、それは覚えてる。
 コーイチは、あたしがお世話になっているお医者さんの家の子供。あたしが初めてこの病院に来たときに出会った。
 この先生は少し変わっていた。いくら医者の息子だからといって、2つ上なだけのコーイチにあたしの世話をさせるんだから。
 そのときのコーイチの第一声が「なんで僕がそんなことをしなきゃいけないんだよ」だった。
 それまであたしは、そんなことを言われたことがなかったからショックだった。みんな聞いてくれるのが、当たり前だった。
 それがコーイチは違った。あたしのわがままに対してはっきりとイヤと言うし、コーイチの都合でやってくれないことも多かった。
 でもこれで、あたしはみんなにも都合というものがあるんだと知った。何でもあたしを優先してくれるというのが、普通じゃないって知ったんだ。
 あたしはそれに気付いてから、あんまりわがままを言わなくなった。
 ただ、その分コーイチにいった。コーイチなら、本当に無理なことはきちんと断ってくれる。だから思いっきりいえた。
 それに、コーイチはあたしの望みに答えてくれた。無理だ、面倒くさいといいながら、結局あたしと一番多くの時間を過ごしたのがコーイチじゃないかな。
 もう残り少ないあたしの時間。コーイチには最期までわがままをいうんだろう。
 あたしは、コーイチから多くのものを貰った。あたしは何が残せるんだろう。
 コーイチがおじいさんになっても、少しでもあたしのことを覚えていてくれたら嬉しいな。

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