2010年5月5日水曜日

小説『異世界迷い込み』

 気が付くと、俺は草原に立っていた。
 周囲には草が生い茂り、所々に木が生えている。遠くには大型の草食動物の群れだろうか、黒いものが右から左へゆっくりと動いていくのが見える。
 視点をさらに左に移していくと、ネコ科らしき大型肉食動物が、大きく口を開けてあくびをしながら寝そべっている。俺の存在に気が付いていないということはないだろうが、特に空腹ではないようだ。俺に注意を払うでもなく、のんびりとしている。その肉食動物はネコ科らしいということは分かっても、種類が俺の知っているにの該当する動物がいないことは問題かもしれない。だが、ただ俺が知らないだけの可能性もあるし、何ともいえない。
 それにしても、ここはどこだろうか。
 俺の知識では、アフリカのサバンナがここに近いだろうか。しかし、どこかそれとは違うようにも感じる。もっとも、俺はアフリカに行ったことなどないので、確かなことは分からない。
 サファリパークかもしれない。
 先ほどの肉食動物がのんびりしていることもそうだが、とりあえず危険はなさそうな雰囲気である。だからこそ俺は、そう感じた。
 しかし遠くに見える黒山の群れ、そう未だに途切れることなく移動し続けているその群れを見ると、サファリパークであそこまでの大群を維持できるか疑問である。その通りサファリパークではないとしたら、ここは野生の真っ只中だということになる。左に見える肉食動物も、腹具合によっては俺に襲い掛かってくるのかもしれない。
 とはいえ、現状では判断できる材料が少なすぎる。まずはどういう状況なのか、把握する必要があるだろう。
 もっとも、雰囲気的にも今すぐどうこうしなければいけない危険はなさそうだ。このことが俺の思考に余裕を与えていることは間違いない。もしこれで、いきなりあの肉食動物に襲われていたら、色々と大変だっただろう。何とかできるとは思うが、絶対はないのだから、考える余裕のある今の状況は助かる。
 とりあえず、現状を把握するか。
 そう思い、俺は先ほどのように漠然と眺めるのではなく、探査魔法を使って周囲を探ることにした。
 ふむ。やはり周囲に危険なものはないな。しかし、ザッと確認しただけだが、近くに街はないようだ。少なくとも現在地から半径10キロ以内に街の気配は存在しない。
 もしかしたら探査範囲内でも、小さな集落くらいならあるかもしれない。しかし、そこまで探ろうとすると少々骨が折れる。媒体となるような物でもあれば別だが、現在の状態では魔力の消耗も大きいので控えておきたい。詳しく調べるのは、媒体となる物が見つかってからでも遅くはないと思う。
 あるいは飛んで空から探すこともできるが、それも後からで構わないだろう。
 なぜなら、幸いというべきか、現状を打破できそうなものも見つかった。
 ただし気配全体として、どこか違和感を感じる。探査魔法をするための魔力を取り込んで還元する作業に違和感があるのだ。この作業自体は問題なく行えてはいる。しかし、飲み慣れない硬水を飲んだときに喉に引っ掛かるような感じがあるのだ。これについては、心に留めておく必要があるだろう。
 さて、現状を打破できそうなものについてだ。
 俺の後ろ側から近付いてくる存在がある。その大きさや走行形態から、人間だと思われる。人に会えれば、今よりは多少は状況が判断できるようになるだろう。
 俺は近づいてくる人物に意識を向け、そちらの方向に振り向いた。
 意識を向けてみると、その人物が近付いてくる速度が、思いの他速いことが分かる。走っていることは分かっていたが、普通の人間ではありえないスピードが出ているようだ。このままでは、おそらく5分ほどで視認できる距離まで近付くはずだ。
 そうこう考えているうちに、ようやくその人物が見えてきた。ガッチリとした身体をゲームでも見るような立派な法衣らしき衣服に身を包んでいる。筋肉質ながらもスマートに見えるのは、その人種からだろうか。
 それにしても黒色人種か。その黒褐色の肌と白い法衣のコントラストが利いていて、なかなか映える。意識しての選択なら、なかなかのセンスだと思う。
 以前、知り合いのマッサージ師に聞いたのだが、黒人の筋肉は我々日本人や白人ともまったく異なるらしい。そのしなやかにして強靭な筋肉は、他の人種がどう足掻いても太刀打ちできないと感じさせる、といっていたのを覚えている。
 その筋肉をフルに使ったフォームも、人を惹きつけるものがある。俺には到底、走るだけでそこまでの印象を与えることはできないだろう。もっとも、俺自身運動がそれほど得意ではない、ということもあるが。
 思考が脱線してしまったが、その人物は法衣を着ている。ということは宗教関係者だと考えるのが自然だろう。それも、普段我々が連想するアフリカ土着の宗教ではなく、ヨーロッパ的な、別の言い方をすればゲームやアニメに出てくるような宗教だろう。そう思わせるものが、その人物とその格好にはある。
「どうも、はじめまして」
 相手が充分近付いてくるのを待って、俺はこちらから声を掛けた。こういうのは最初が肝心だ。こちらから挨拶した方が心理的に優位に立てるということもある。
「こちらこそ、はじめまして。私は神官見習いをしているアレックスといいます」
 アレックスと名乗る神官からも、そう返事が返ってくる。
 礼儀正しい態度である。高圧的な態度ではなくてよかった。これならこちらとしても、安心して話せる。
「アレックスさん、ですか。これは丁寧にどうも。私は碧川瑞穂といいます」
「ミドリカワミズホさん……ですか。変わった響きの名前ですね。それと私に“さん”はいりません」
 変わった響きか。日本風の名前に馴染みがないのかもしれない。まぁアレックスの発音も微妙に違うし、仕方ないかもしれない。
「分かりました。では、アレックスと呼ばせて頂きます。それでは、私の呼び方は碧川でも瑞穂でも構いません。一応、碧川がファミリーネームで、瑞穂がファーストネームになります。ですから、ミズホ・ミドリカワといった方がいいかもしれません」
「なるほど、ミズホ・ミドリカワさんですね。では、ミズホさんと呼ばせて頂きます。我々の出会いに祝福がありますように」
 俺に対して祝福の仕草をするアレックスは、俺より頭一つ背が高い。ならば、身長はおおよそ190センチほどだろうか。茶色い髪は短く刈り込まれていて清潔感がある。なるほど、こうして近くで見ると高身長ということもスマートな印象に一役買っているようだ。
「ところで、この近辺で何かおかしなものを見たりしませんでしたか。不思議な力を感じたので、ここまで来たのですが」
「おかしなこと……ですか」
 さて、どうしたものか。ここで正直に「気が付いたらここにいた」と答えていいものだろうか。判断が難しい問題だ。
「えぇ。何でも構いません。些細なことでも何かあれば教えてください」
 答えるべきだろうか。それとも、やめておくべきだろうか。
 答える場合のメリットは、情報が得やすくなるということだろう。現状が分からない俺にとって、これは大きい。
 対するデメリットは、アレックスの言う不思議な力と俺の関連を疑われ、面倒に巻き込まれそうなことだろうか。
「そうですね……。特に変わったものを見たりはしていません」
 ただ俺自身が不思議なことに、前後関係も分からずここにいるだけだ。
「そうですか……。先ほどもいいましたが、この辺りで非常に大きな力の乱れを関知しましたので。ちょうどここにいらしたミズホさんなら、何か心当たりがあるのではと思ったのですが」
 アレックスは、残念そうにいう。
 それにしても、動物の除けばここにいるのが俺だけなのだから、その力の乱れに俺が関係あるとは考えないのだろうか。俺個人の意見としては、その力の乱れと俺がここにいることは、おそらく関係あると感じる。少しは俺を疑っても、問題ないと思う。素直なのかもしれないが、それでは今後大変かもしれない。
 っと、またしても思考がずれたが、俺に未来を見ることはできないのだ。考えても仕方ない。
 ならばこいつのためにも、素直に言った方が得策かもしれない。それに、俺が状況を把握することを優先するなら、その方がいいだろう。
「その代わりといっては何ですが、私はこの場所を知りません。ここは一体どこなのでしょうか」
「え? それはどういうことですか」
 それにしても、俺のこの言い方だとまるで記憶喪失みたいだな。実際は記憶は問題なくあるし、その他に関しても問題ない。ただ、なぜここにいるのかが分からないだけだ。
 そして、アレックスよ。質問に対して質問を返すのはどうだろうか。まぁ今回に関しては、俺の質問の仕方が問題だとは思うが。
「言葉が悪かったですね。ここでおかしなものは見ていませんが、私は先ほどまで自分の部屋にいたはずなのです。しかし、気が付いたらここにいました。身の危険もありませんでしたから、特に何もしていませんでしたが、どうすればいいのか途方に暮れるところでした」
「え……?」
 オレの言葉を受けても、こいつはどういうことなのかよく理解できていないようだ。普段見慣れない人種だからよく年齢が分からなかったが、かなり若いのかもしれない。俺と比べても10歳くらい年下の10歳代半ばくらいなのかもしれない。
「これは私見ではありますが、そちらで感知したという力の乱れと私がここにいることは、おそらく関係があると思いますよ」
 それに面倒ごとに巻き込まれるのなら、こちらから予測を示すことでペースを掴んでおきたい。
 だからこそ俺は、いきなりそう切り出した。
 いきなりのことに、アレックスは混乱しているようだ。目が面白いように、さ迷っている。
「そ、それでは、一緒に来て頂けますか」
 しかしどうにか、そう言い出すことができたようだ。
 それにしても、声が裏返っているぞアレックス。お前は神官なのだから、他の人の相談に乗ることもあるだろう。それなのに、こんなに動揺してどうする? もっと落ち着いていないと、相談した方も不安になるぞ。
 まぁ素直なことは神官としても美徳だと思う。しかし、上に行こうと思うのならそれだけではダメだからな。
 っと、なぜか俺はこいつを導くような思考になっているな。普段の俺は、ここまで他人を考慮しないんだが。
 いや。理由は分かりたくはないが、何となくだが分かっている。まだ2ヶ月目とはいえ、精神面にも影響が出ているのだろう。それがいいことなのかは分からないが、仕方がない。
「そうですね。ここにいても仕方がありませんし、案内をお願いします」
「分かりました。それでは私に付いてきてください」
「よろしくお願いします」
 そういって、俺はアレックスに軽くお辞儀をして、歩き出した。
 ふぅ。素直に話すことにしたのだ。これで、何も分からない状態は解消できるだろう。例え、こいつでは分からなかったとしても、一緒に行けば分かる人間がいるはずだ。もし、行った先で何かあったとしても、切り抜けられるだろうとは思う。
 それにしても、結局ここはどこなのだろうか。先ほども感じたが、どことなく雰囲気がおかしい。空気が違うといえばいいのか、違和感がある。
 そもそも、どうして俺はアレックスと会話ができているのかも疑問である。俺は間違いなく日本語を話している。一方アレックスはその見た目も名前も日本人ではない。彼が日本語が達者だということも考えられるが、今いる場所も日本とは思えないのだから、そんな場所で日本語で話しかけて返答があるとは思えない。
 ならば、会話が成立していることも普通に考えれば不自然である。そうであるにもかかわらず、こうして会話できていることは、何らかの力が働いているの可能性が高い。
 魔法的な力でお互いの言葉が随時翻訳されているのか、あるいは俺自身がこちらの言葉を話せるように変えられたのかは分からないが、どちらにしてもそう違いはない。もし俺が変えられていたとしても、ここに来る以前から俺はすでに大きく変わっているのだ。今さら問題はあるまい。
 だからこそ俺は、アレックスに色々と話を聞くことにした。内容は多岐に渡り、それこそアレックスの個人的な信仰に関することから、国のことなどである。
 こうして話を聞いていると、やはりというべきか俺の知らない国名などが出てくる。アレックスが所属している宗教にしても、キリスト教に似ているが別物のようである。
 この話から考えられることは、ここは俺のいた世界とは異なる世界だということだ。
 そうならば、なるほど先ほどからの違和感も理解できる。そもそも先ほども感じたように、制御する魔力の流れ自体にも違和感があるのだ。これも、ここが俺のいた世界とは異なると考えれば辻褄が合う。
 もちろん、俺が異世界から来たということは、おくびにも出さないように注意する。いずれは分かることではあるとは思うが、今は他の場所から来たくらいに思わせておいたほうが無難だろう。
 そうこうして話しながら歩いて2時間ほど経ち、ようやく草原から景色が変わり森が見えてきた。これより先は、先ほどの探査魔法の範囲外である。
「あちらに見えている森を抜ける道を通ります。一応街道になっているので大丈夫だと思いますが、歩きにくいかもしれません。気を付けてください」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
 いざとなれば飛ぶこともできるし、問題はない。というより、すでに軽く浮くような感覚で魔法を使って、肉体的な疲労を軽減させていたりするのだが。
 そうしてアレックスの言葉通り、草原から森に差し掛かったときだろうか。俺はふと足を止めた。少し遅れてアレックスも足を止める。
 前方に妙な気配を感じる。その気配は、どうやら俺たちに殺気というか敵意を向けているようだ。
 はたして気配の先から俺たちの前に姿を現したのは、複数の人影である。
 人影? いや違う。その体躯は2メートルを優に超え、3メートルに達しようかという個体もいる。確かに人に似た形ではあるが、その体格は人の範疇を超えている。その身体を粗末なボロ切れでまとい、手には巨大な棍棒を握っている。それが、10ほどの数いるのである。
「オーガですか……。少し、やっかいですね」
 オーガか。まさしくファンタジーな生き物だな。
 俺も魔法を使えるなど元の世界にもそういう要素はあるが、こういった生き物は普段は表に出てこない。幻獣の類は精神体のような存在であり、実体化してこうして目に触れることはほとんどないのだ。だからこうして目の前に出てくると、不思議な気分になってくる。
「おかしいですね。普段であれば、こういう人が往来する場所に出てくることはないのですが……」
 俺が思考をしていると、アレックスも考え事をしていたようだ。俺が言うのもなんだが、こういう生き物を前にして、考え事はどうかと思う。
「考えているところ申し訳ありませんが、どうするのですか」
 いざとなれば俺一人でも問題ないが、ここでアレックスの力量を確かめておきたいし、とりあえずは任せようと思う。もし命の危険に晒されるようなことがあっても、最悪空を飛んで逃げればいいし、気楽なものだ。
「街道の安全を守るのも、我々の仕事の一つです。ミズホさんは下がっていてください」
「そうですか。分かりました」
 アレックスの言葉を受け、俺は後ろに下がった。だたし念のため、いつでも魔法を出せるように心構えておくことは忘れない。
「さて、邪悪なるオーガたちよ。神の名の下に滅ぶがいい」
 そう宣言したアレックスは、腰にはいていた剣を抜き、オーガたちの群れに飛び掛った。
 その動きは俺と会ったときにも思ったが、非常にしなやかで力強いものだ。近くにいた一体を素早く切り倒したかと思うと、流れるように次の相手に切り掛かる。その様は最初の印象の通り、見ていて惚れ惚れするようだ。次々とオーガたちを倒していく。
 特に大技を使っているわけでもないが、魔法によって身体能力を強化させているようだ。その動きは、通常の人間の出せるスピードを軽く超えている。
 結局、さほど時間も掛からずに、オーガたちはその屍を晒す結果となった。
「凄いですね。しかし、このままでいいのですか」
 とはいえ、この現状はどうかと思う。アレックスに倒されたオーガたちの死体が散乱している様は、気持ちのいいものではない。街道がこの状態では通行にも影響するだろうし、倒されたオーガの肉を求めて他の野生動物もやってくる恐れがある。
「それは大丈夫です。今すぐ私がきれいにすることはできませんが、連絡を受けた専門の部隊がここを掃除しますので」
「そうですか」
 まぁこういったことは、ここでは日常茶飯事なのだろう。オーガが普通にでてくるくらいだし、俺が気にしても仕方がない。
「それにしても、随分と素早く倒されましたね」
「えぇ、今回はミズホさんがいらっしゃいましたので、全力を持って倒させて頂きました」
「それは、ありがとうございます。おかげで私は怪我一つしなくてすみました」
 自分でやっても問題なかったとはいえ、アレックスに任せたのだ。俺はそういって、頭を下げた。
「いえいえ、当然のことをしたまでです。とりあえず、ここにいても気持ちのいいものでもありませんし、先に行きましょうか」
「そうですね。よろしくお願いします」
 そういって、俺たちは再び歩き出した。
「それにしても何もなくてよかったです。オーガは種族的に女性がいませんから、人間の女性を襲って繁殖するのですよ」
「それは、ゾッとしませんね……」
 いくらなんでも、あんな存在とするのは回避したい。アレックスの言葉を聞いて、俺は何もなかったことに胸を撫で下ろした。
「だからこそ、あんなにすぐに倒してしまわれたのですね」
「えぇ、そうです。相手の反撃をする暇もなく、倒すことができたのは幸いでした」
 そういって、アレックスは微笑んだ。
 アレックスの微笑みに、俺も笑みを返し手を差し出す。この世界で握手の習慣があるかは分からないが、俺は自分の気持ちを表現しておきたかったのだ。
「ありがとうございます。そこまで気を使っていただいたとは思いませんでした」
「いえ。先ほどもいいましたように、当然のことをしたまでですから」
 俺の差し出した手に対し、アレックスも握り返そうとしてくれる。握手の習慣は、問題なくあるようだ。よかった。
 しかしあの速攻は、それなりに無理もあったらしい。
 俺の手を掴もうとする寸前、アレックスの体勢が崩れた。足元の木の根に躓いたらしい。そのまま、俺に覆いかぶさるように倒れ掛かってきたのだ。
 俺は突然のことに対処できず、そのままアレックスに押し倒されるような形になってしまったのだ。俺がとっさにできたことは、身体に変な衝撃を受けないように受け身を取ることだけである。
 そして、そのアレックスの手は、あろうことか俺の胸に添えられている。しかもアレックスが上にいるせいか、掴むような感じになっているのである。あまつさえ、状況を確認するかのように、その指が動いているのが感じられる。
「も、申し訳ありません!」
 この状態に気が付いたアレックスは、猛烈な勢いで謝ってくる。
 おい、アレックス。俺は、謝る前にすることがあると思うぞ。
「分かりましたから、とりあえず手を退けてください」
 俺の言葉を受けて、ようやくアレックスは手を退けて立ち上がった。
「本当に申し訳ありませんでした!!」
 すぐさま最初の挨拶よりも深くお辞儀をして謝ってくる。その姿勢のまま、微動だにしない。
 全く。まさか俺が、こんなベタなラブコメヒロインのような目に遭うとは思わなかった。さすがに年齢が年齢だから、ゲームやアニメのような反応をしたりはしないが、遭って嬉しいことではないからな。もっとも、もしこれでスカートまで捲れ上がっていたら、抑えられたかどうかは分からないが。
「とりあえず、顔を上げてください」
 しかし、このままでも仕方がない。俺は軽くため息を吐くと、立ち上がりアレックスに声を掛けた。
「今回のことは、私のために全力でオーガを倒したことが原因の事故です。気にしてませんとはいいませんが、そこまで謝る必要はありませんから」
 とはいえ、そうなかなか割り切ることはできないとは思う。実際俺がアレックスの立場なら、怖くて顔を上げられないと思う。
 だから俺は、無理矢理アレックスの身体を起こして、その茶色い瞳を除く込むように視線を合わせる。
 アレックスは、視線を外そうとするが、そうはさせない。おそらく顔色も赤くなっているとは思うが、肌の色もあってその辺は判断がつき難い。
 しかし、こうして近くで見ると、肌にしわもないし瑞々しい。やはり、アレックスの年齢は10歳代なのだろう。
 そんな少年の行為に対して、いつまでも大人気ない態度を取りたいとも思わない。
「とにかく、先ほどのことは事故ですから。それで構いませんね」
 俺はそう、半ば強引に結論を出すと歩き出した。
「アレックス。それでは案内を頼みます」
 そうして、当初の目的通り、アレックスの案内する場所へ俺たちは向かうのだった。
 

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